感謝……
グラフィック御中
今回初めてお願いしました。データ入稿が不馴れなため予定通りに納品できるかどうか不安でしたが、先日、思っていたより早く届き無事納品できました。御社の誠実さと勤勉さに感謝します。
先日の【グラフィック通信】vol.42のカスタマーサポート・井出さんのコメントは、全く同感で、思想とか宗教とか関係なく、人間が(特に日本人が)本来背負っていかなくてはならないことだと、強く思います。ついでなので、私もどこかに書いた拙い文章をお送りします。
ヒロシマにて
先日、私は初めて広島を訪れた。勿論仕事がてらではあったが、翌朝仕事が始まるまでの数時間、ホテルから程近い原爆平和記念公園に散歩がてら出掛けた。公園はまだ人影が少なく、遠くに見覚えのある平和の鐘のモニュメント(原爆死没者慰霊碑)が見える。都会にしてはキレイな空気を気分よく吸いながら歩いて行くと、公園の半ばまで来たところで突然、不思議なことに何かが私に押寄せて来た。そう、それは確かに押寄せて来たのだ。私は息が詰まって胸が溢れ、訳も分からず自然に足が慰霊碑に向かった。そして黙々と花を供える掃除婦のおばさんたちを目の前に合掌せざるを得なかった。あれは一体何だったのだろうか。もしかするとそれは、亡くなった人たちの声なき悲鳴だったのだろうか。その気はなかったのに、私は踵を返して原爆資料館に向かった。吸い込まれるように入口を入ると、そこには、この世に有ってはならぬ風景が羅列されていた。石段にベッタリと張り付いた人の影、未だに鮮明に血を滲ませて叫んでいる破れた子供の衣服、真っ黒に炭化したごはんの弁当、「不思議なことに、子供を抱えたまま立っている炭化した母子がいた」「電線に髪をからませて宙づりになっている女性の遺体はいつ降りて来るのだろう」と記された日記……。その中で私がどうしても怒りを押さえることが出来なかったのは、米軍が撮影したという原爆投下の前日と後日を比較した広島市の鮮明な航空写真である。それはまるで使用前、使用後の広告写真であり、「イノチ」のイの字も感じられなかった。胸に熱いものが込みあげ、私は声を忍ばせて慟哭した。気が付くと私の背後にも同じような若い三十代であろう男性の姿があった。
しかし、『……こんなことをしておきながら、世界貿易センタービルを二つ壊されたくらいでガタガタ言うな 』と、心のどこかで叫んでしまう自分も怖い。やはり、この世には『やってはならぬこと』が確かに有るのだ。(秀)